創世記2章7節 神である主は土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで人は生きものとなった。 人は塵で造られました。「神に似せ」られ、「非常に良かった」という宣言を受けてはいますが、塵で造られています。他の動物と同じ物質です。そのことを忘れてはなりません。人が尊いのは、神といのちでつながっている限りのことであって、人という存在自体が尊いのではありません。神とのつながりを断ち切 […]
創世記2章8-15節 神である主は東の方エデンに園を設け、そこに主の形造った人を置かれた。神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木を生えさせた。一つの川が、この園を潤すため、エデンから出ており、そこから分かれて、四つの源となっていた。…… 神である主は人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守ら […]
創世記2章16、17節 神である主は人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」 神は「見るからに食べるのに良いすべての木」(9)を用意し、「思いのまま食べてよい」と告げられました。エデンの園の豊かさを、「思いのまま」心ゆくまで楽しむ自由を与えられたのです。自分の意志で選び […]
創世記2章19、20 節 神である主は土からあらゆる野の獣と、あらゆる空の鳥を形造り、それにどんな名を彼がつけるかを見るために、人のところに連れて来られた。人が生き物につける名はみな、それがその名となった。人はすべての家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名をつけた。 人(アダム)は、人は神に似せられた生き物として、神の知恵をもって、あらゆる生き物に名を付けました。 人が名を付けるとは、地の管理者として、 […]
創世記2章20b-24節 しかし人には、ふさわしい助け手が見つからなかった。神である主は深い眠りをその人に下されたので、彼は眠った。そして、彼のあばら骨の一つを取り、そのところの肉をふさがれた。神である主は、人から取ったあばら骨をひとりの女に造り上げ、その女を人のところに連れて来られた。人は言った。「これこそ、今や、私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。これは男から取られたのだから […]
創世記2章25節 人とその妻は、ふたりとも裸であったが、互いに恥ずかしいと思わなかった。 ふたりは、なぜ裸でも恥ずかしくなかったのでしょうか。 ふたりは「非常に良い」ものであり、罪がないので、見られて恥ずかしいものが何もありませんでした。心の中にも隠すものは何もなく、造られたままの姿で暮らせました。罪がなければ、恥ずかしいという感覚は生じないのです。恥ずかしいとは、罪の汚れに対する良心の反応です。 […]
3章から、地上でのサタンの国と神の国の戦いの歴史が始まります。 サタンの国(サタンの支配勢力)が「エデンの園」に侵入し、アダムとエバを神の国の祝福から引きずり出しました。人が支配を託されていた世界に罪と死が入り、人は神とのつながりを断たれます。 4章では、サタンの国が拡大していきます。 エデンの園を追放されたアダムの子カインが、最初の殺人(弟アベル殺し)を犯します。カインは主のもとから去って、罪と […]
創世記3章1-6節 あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。(5) 神は人に、「思いのまま」にこの世界を喜び楽しむ自由を与えられました。しかし、それは無制限な自由ではなく、神の領域を侵さず、神が定めた目的、務め、基準の枠を超えてはならないという条件がありました。それが、「善悪を知る木からとって食べてはならない […]
創世記3章5、6節 あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」……それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。(5、6) 神の国の自由とは、神の豊かさを思うままに味わえることです。 しかし、何をしてもいいという自由ではなく、神を基準にするという枠がはめられています。いや、その枠に […]
創世記3章5節 あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。 最初の人が「蛇」に誘われ、神の命令に違反したことで、人間もこの世もサタンの支配に入ってしまいました。今、「世全体は悪い者の支配下にある」(Iヨハ5:19)のです。 では、サタンはどこから来たのでしょう。聖書には明確には記されてはいません。 欧米の合理主 […]
創世記3章6節 そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。 もう一つ、サタンの国の価値観を見ておきましょう。それは「善悪を知る木」の実に表れています。女は、その実の魅惑に惹かれていまました。 その木の魅惑の第一は「食べるのに良い」ことです。エデンの園には、「善悪を知る木」以外にも、「見るからに好ましく食べるのに良いすべての木」があ […]
創世記3章7節 「このようにして、ふたりの目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。そこで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。」 罪を犯し、目が開かれて、自分が裸であることを知った人間の最初の行動は、「腰を覆った」でした。裸でも恥ずかしくなかった二人が(2:25)、裸を「恥ずかしい」と感じたのです。「恥ずかしい」という感情こそ、罪に対する直接的な […]