モリヤの山は神の国の雛形になる
- 2020.07.24
- 三つのテーマで読む創世記(下)
創世記22章15—19節
あなたが、このことをなし、あなたの子、あなたのひとり子を惜しまなかったから、わたしは確かにあなたを大いに祝福し、あなたの子孫を、空の星、海辺の砂のように数多く増し加えよう。そしてあなたの子孫は、その敵の門を勝ち取るであろう。あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。」(16-18)
最後に、この事件が神の国の歴史において、どのような位置を占めているかに触れておきます。
まず、アブラハムからおよそ千年後のことです。その子孫ダビデはイスラエルの王となり、主と契約を結んで、王国の「王座はとこしえまでも堅く立つ」(Ⅱサム7:16)という約束を受けました。神の国の雛形です。しかし、ダビデは晩年近くになって、人口調査をして主を怒らせ、イスラエルの民7万人が疫病に打たれて死ぬという事態を引き起こしました。心を痛めたダビデは主の命令に従い、エブス人アラウナから「打ち場」を買い取って祭壇を築き、全焼のいけにえと和解のいけにえを捧げました。そうして神罰は止みました(同24:18-25)。この祭壇を築いた「アラウナの打ち場」(I歴代21:18では「オルナンの打ち場」)こそ、アブラハムがイサクを捧げたモリヤの山なのです。
そして、王座を継承したダビデの子ソロモン王が、その打ち場に神殿を建設することになります。「こうして、ソロモンは、主がその父ダビデにご自身を現された所、すなわちエルサレムのモリヤ山上で主の家の建設に取りかかった。彼はそのため、エブス人オルナンの打ち場にある、ダビデの指定した所に、場所を定めた」(Ⅱ歴代3:1)。なんとモリヤの山に「神の御名を置く」神殿が建ったのです。ソロモン神殿です。こうしてモリヤの山のあるエルサレムは神の都となり、その神殿が都の中心になりました。
ところで、神はアブラハムにイサクを捧げよと命じられましたが、アブラハムの従順な信仰を認めて、イサクの代わりに雄羊を用意していけにえとされました。やがてモーセの時代に、神はいけにえの律法を定め、ソロモンの時代にモリヤに建てられた神殿で、イスラエルの罪を贖うための羊や牛が捧げられるようになります。そして父なる神は、同じエルサレムのゴルゴダで、独り子イエスを全人類の罪のいけにえとして屠られるのです。ただし、御子は死からよみがえられます。それは、モーセの祭司の王国としての「神の国」の完成の時です。
このように、22章はモリヤの山のプライベートな出来事ですが、創世記3章15節からキリストの十字架、復活、神の国の成就までを指し示す歴史的事件となったのです。
アブラハムの偉大さは、信仰によって神と同じ痛みを体験したことです。神の喜びだけでなく、神の悲しみ、痛みをともにする信仰が、神の国の祝福を広げていくことになります。
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