ステーション18　アメリカ移住（上）

歴史的背景

1933年、ヒトラーが政権を握ると、ヨーロッパのユダヤ人に死を予告する鐘が鳴り響きました。第一次世界大戦後に再び反ユダヤ主義運動が広がり、その波に乗ったヒトラーが、人々の偏見と恐怖心を利用して、公的な情報機関やプロパガンダの最新の技術を使ってドイツ国民の心を掌握したのです。そして、第二次世界大戦中、世界のユダヤ人人口の3分の1を絶滅させました。ヨーロッパの強制収容所で600万人のユダヤ人が殺されたことに、世界は衝撃を受けました。戦後、難民法が制定され、7万2千人のユダヤ人がアメリカ合衆国への移住を許可されました。しかし、数千人は移住することなく、イスラエル帰還の夢を果たそうとしました。

アメリカ合衆国におけるユダヤ人共同体の歴史は、1654年、ブラジルのポルトガル入植地からの移民がニューアムステルダムに上陸した日にまでさかのぼります。ユダヤ人は最初、当時のニューネーデルラント知事ピーター・スタイフェサントに、上陸を拒否されました。ニューネーデルラントはオランダ改革派教会の町でしたが、ユダヤ人の居住を許せば、カトリック教徒、クウェーカー教徒、ルター派の人々までもがどんどん入ってくると予想されたからです。男性、女性、そして子供たち合わせて23名のユダヤ人たちは、船に乗ったまま、スタイフェサントの気が変わるのを待たなければなりませんでした。

ニューネーデルラントは、新世界と呼ばれたアメリカ大陸の中でも極めて孤立したオランダ人入植地で、周りをイギリスとスウェーデンの入植地に囲まれていました。もうひとつのフォート・オレンジというオランダ人の入植地がありましたが、ハドソン川を北上した遥か離れた所に位置していました。1621年、その入植地を援助するため、アムステルダムにオランダ西インド会社が設立されました。インディアンとの毛皮の取引が主な目的です。実は、その西インド会社の管理者や株主にはユダヤ人がいたのです。彼らが、スタイフェサント知事に直接働きかけ、ユダヤ人の上陸を許可させたのです。

続く300年の間、アメリカ合衆国はヨーロッパからの移民を受け入れ、ユダヤ人の移民も増え続けました。彼らは働く熱情にあふれ、アメリカのライフスタイルに適応して、低収入でも生活を立て上げていきました。家族の絆を尊び、学ぶことに価値を置き、非常に敬虔で、道徳的な責任をよく果たし、アメリカの社会に、経済的にも政治的にも大きく貢献するようになったのです。

しかし20世紀、南ヨーロッパや東ヨーロッパから大量の移民がやって来るようになると、アメリカ人はこれらの「外国人」によって、自分たちの仕事が脅かされ、アメリカ的な生活様式が乱されるのではないかと、恐れはじめました。そこで1924年、合衆国議会は移民を制限するために、ジョンソン‐リード法を成立させ、移民の人数を各民族グループのわずか2％に定めました。この法律は、後になって不公正な移民政策と批判されたものの、ユダヤ人を含む多くの民族グループを差別するのに使われました。

世界中のユダヤ人は、アメリカ合衆国に避難して新しい生活を始めることを夢見ていましたが、彼らのほとんどは、そのアメリカでも反ユダヤ主義がはびこっていることに気付いていませんでした。しかし、19世紀末から20世紀初頭にかけて、アーリヤ人の卓越性を主張する書物が、ヨーロッパだけでなくアメリカでも出版されていました。1890年代には、アメリカ中西部の人民党員が、農業がうまくいかないのはユダヤ人の金融業者の陰謀だと唱えました。人民党員の指導者ウィリアム・ジェニングス・ブライアンは、1896年に行った有名な演説の中で、ユダヤ人がアメリカの農民を欺き「大きな利益」を不当に得ていると主張し、それをキリストの十字架刑に例えました。実際には、当時、数百万の在米ユダヤ人は極度の貧困の中で暮らしていました。が、その事実には目をつむっていたのです。

1920年代から1930年代、クー・クラックス・クランが「黒人、カトリック教徒、ユダヤ人」をターゲットにして、激しい攻撃を加えました。1930年代不景気が襲うと、アメリカ社会のあらゆる問題の根源は「世界中のユダヤ人金融業者と急進派」にあると決めつけられました。住宅や雇用の面でユダヤ人は差別され、多くの会社が公然と、ユダヤ人を雇わないことを表明していました。また、ユダヤ人が居住できない地域が存在し、大学の多くがユダヤ人学生の人数を一定の割合以下に制限していました。ヨーロッパでヒトラーがユダヤ人を排斥したことで、アメリカのナチス支持グループも勢いづき、国中で立ち上がりました。ドイツよりも規模は小さかったものの、ナチ同様の会議を開き、演説をし、反ユダヤ主義の文書を配布し、実際にアメリカ国内のユダヤ人を襲ったこともありました。

1945年、第二次世界大戦が終わると、ヒトラーがヨーロッパのユダヤ人に対して行った大規模な残虐行為が明らかになり、世界中でナチスへの反発とユダヤ人に対する同情が湧き起こり、ユダヤ人への支援が始まりました。1948年の避難民法では、ユダヤ人の7万2千人がアメリカへの移住を認められました。そして同年、イスラエルは、国連のパレスチナ分割案決議に基づいて独立し、およそ2000年ぶりに、ユダヤ人の故郷ができたのです。

アメリカ合衆国に移住したユダヤ人の中には、世界的な科学者、学者、芸術家がいました。また、合衆国のユダヤ人共同体出身者の中には、アメリカでも有数のコメディアン、作家、哲学者たちがいます。

ユダヤ人のコンサート・バイオリニスト、ピアニスト、オペラ歌手、作曲家、作詞家、ポップ・ミュージシャンは、アメリカの音楽分野に多大な影響を与えました。1920年代、アメリカの劇場は多くのユダヤ人劇作家で活気づき、ユダヤ人のコメディアンは世代を超えてアメリカ人に笑いをもたらしました。映画産業でも多くのユダヤ人俳優が活躍し、多くのユダヤ人が政府の要職に就きました。ユダヤ系アメリカ人は工業、科学、医学、そしてスポーツの世界でも素晴らしい業績を積み上げてきました。ユダヤ系アメリカ人は、アメリカの生活のあらゆる面で、多大な貢献を果たしてきたのです。

しかし、反ユダヤ主義は今でも、アメリカのユダヤ社会を苦しめ続けています。ユダヤ人陰謀説は絶えることがなく、20世紀の末になっても、ミネソタ州のユダヤ人共同体に儀式殺人の濡れ衣が着せられました。セントクラウドで小さな少年が行方不明になったとき、ユダヤ人がその子の血を宗教的儀式に使ったと書かれたビラがまかれたのです。合衆国じゅうのユダヤ人が今も、反ユダヤ主義者による犯罪、書き込みや破壊行為の被害を受けているのです。

教えるための情報

1882年、ニューヨークの沖に自由の女神像が建てられ、そこにユダヤ系アメリカ人の詩人エマ・ラザラスの言葉が書かれました。

「疲れ果て、貧しさにあえぎ、自由の息吹を求める群衆を、我に与えたまえ。

人生の高波に揉まれ、拒まれ続ける哀れなる人々を。

戻る祖国なく、動乱に弄ばれし人々を、我のもとに送りたまえ。

我は希望の灯を掲げて照らさん、自由の国はここなりと」

世界中から夢見る地アメリカにやって来た貧しい移民にとって、自由の女神は新しい故郷と新たなスタートの象徴でした。1890年、エリス島に移民センターが開かれ、ニューヨークは何百万人もの移住者を迎える港となりました。

しかし、新しいアメリカ人たちは数日間、時には数週間、空腹と疲労と不安の中で、入国を許可されるまで、エリス島にとどめられました。移民局の役人から数えきれないほどの質問を受け、痛みを伴う医療検査を受け、うんざりするほどの多くの書類を書かねばなりません。言語は時に高い壁となり、助けてくれるような人はほとんどいませんでした。そして、何らかの理由で入国が拒否され、出て来た国に戻りになるかもしれないという恐れが、常につきまとっていました。

いくつかのユダヤ人組織が、アメリカに入国する移民に様々な援助をしました。入国手続きだけでなく、住居や就職先探し、先に移住した親戚探しの手伝いもしました。しかしながら、得られた仕事は気持ちが萎えてしまうような困難なものばかりでした。彼らはアメリカ行きのチケットを取得するために全財産を使ってしまい、三人に一人、あるいは二人に一人が無一文だったからです。

さて、本土上陸を果たしたユダヤ人は、ヨーロッパで夢見てきたアメリカとは離れた現実を見せつけられます。新移民は他の移民とのつながりを強く求め、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィア、シカゴなどの大都市に集中し、民族ごとに狭い地区にひしめき合う状態になりました。人口過密と貧困のために生活環境は劣悪で、故郷のヨーロッパの環境よりもひどいものでした。一時、ニューヨークのイーストサイドの南側では、1マイル（1.6km）四方の荒廃した居住区に、35万人ものユダヤ人移民が住んでいたほどです。

移民たちは、豊かな生活を夢見て、日の出から日没まで過酷な労働環境下で働きました。たとえば服屋では、まだ8歳の子が、窮屈で汚い場所で、換気も水も暖房もなく、1日16時間から20時間も働いて安物の服を作っていました。ユダヤ人移民は労働倫理だけでなく、知的、宗教的な伝統もしっかり守りました。主への信仰とユダヤ教への献身によって結束し、移民共同体を援助するため協会を作り、慈善団体を設立します。ユダヤ人の劇場や報道機関も活況を帯びるようになり、シナゴーグも建てられました。こうして初代移民たちは、貧困と迫害のない新生活の夢を実現することに全力を注いだのです。その働きの中でも、彼らはこの言葉を心に持ち続けていました。

「シェマー　イスラエル、アドナイ　エロヘイヌ、アドナイ　エハド。」