創造主が万物の基準 vs 人間が万物の基準⑰

創造主が万物の基準 vs 人間が万物の基準⑰

Ⅱ 人間が万物の基準である(14)

 5.ヨーロッパ近代と啓蒙主義

3)「神を殺した」・・・「殺し」の時代

②人殺し

しかし、「我々は神を殺した」と誇った人間は、20世紀に入ると、今度は人間自身を大量殺戮するようになります。20世紀前半に起こった人類史未曽有の二つの世界大戦です。第一次世界大戦では3700万人、第二次世界大戦では5000万から8000万人が犠牲になったと記録されています。また、ロシア革命(1917年)後の無神論国家ソ連でも、40年ほどで4000万人とされる人々が粛清・殺戮されたと言われます。同じく中国共産党の毛沢東の指導下では、6000万から8000万の中国人が犠牲となりました。20世紀、ソ連や中国に限らず、無神論の共産主義運動で殺害された者はゆうに1億を超えると算出されています。

神を葬り去った人間は、もはや何も恐れるものがなくなり、何でもするようになります。ロシアの文豪ドストエフスキーが『カラマーゾフの兄弟』の中に残した、「神がいなければ、すべてが許される」という言葉通りのことが、ロシア(旧ソ連)だけでなく全世界で起こったのです。

また、第二次大戦中には原子爆弾が開発され、二つの原爆がキリスト教国に分類されるアメリカによって、天皇を神としていた神道の国日本に投下され、一瞬にして20数万人の犠牲者を出しました(仏教国に分類される日本がアジアで多くの殺戮を繰り返したことにも言及すべきですが)。

第二次大戦後は、自由主義陣営と社会主義陣営の核兵器の開発競争が始まりました。やられたらそれ以上にやり返すという大量報復戦略によって、ついには両陣営で人類を何度も滅ぼすことができるほどの核兵器を地球に蓄えることになりました。人間はいつでもすぐに自滅できるようになったのです。

それは、「最初の人殺し」であるカインの子孫レメクが唱えた報復戦略が結晶化したと言えます。レメクはこう言いました。「私は受ける傷のために人を殺し/うち傷のために人を殺す。カインのための復讐が七倍なら、レメクのためには七十七倍(創世記4:23、24)。人類は、レメクの呪いを連綿と受け継いできたのです。

 

③自然殺し

そして20世紀後半に入ります。今度は、人間は自らが生息する地球環境までも殺すようになりました。いわば「自然殺し」です。

21世紀の今日、人間自身の手によって自然の平衡が崩れ、環境汚染と地球温暖化が進み、やがて人類全体が破滅の危機に直面すると予想されるまでになりました。しかし、もはや人間の理性と科学の力でも、人間の意志の力でも、それを食い止められそうにはありません。21世紀に入る前から、国際機関や科学者らが警告を繰り返してきましたが、20年以上たっても、我々人間は自己中心的に欲望を満たす生活を変えようとはしなかったのです。大破壊のタイムリミットを前にして、悲観的にならざるをえません。

そもそも、人間は自らが「神のようになる」ことで、今日まで自己破滅行為を繰り返してきました。その生き方を、へりくだって悔い改めることではなく、理性と科学という人間の力で何とかしようとして、結局、窮地に陥っているのです。それでも、そのやり方をどこまでも変えようとはしません。それが、「人間が万物の基準である」としてきた生き方の結末です。